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私の引き出しとその世界「大切なものと暮らし」愛着のある雑貨、暮らし方、お料理など。時々、お仕事について書いています。作家、エッセイ、クラシニスト

記事一覧(12)

味方が誰もいない。

味方が誰もいない。いつだって身構えた。私を守ってくれる人はいない。身近な人さえも信じられない。大好きな人は、守ってくれない。愛する人は、無償の愛をくれない。こどもの頃にそう学んでしまった。自分の無垢を歪めた。信じようとたくさん努力もしたし、守ってくれる人は、どこかにいるって期待した。そう思うかたわら、「裏切られるかもしれない」裏切られた時の不安や哀しみをもう二度と味わいたくない。だから、やっぱり、信じられないと頑なになる。染み付いた価値観は、カンタンには、変えられなくて、幾重にもロックされて、信じられなくなり、歪めた思いのまま捻れて「トリック」にハマってゆく。孤独と不安がいつもつきまとう。だから、信じちゃいけないって言ったじゃん。誰も守ってなんかくれないんだから。他人だけでなく、信じた自分が馬鹿だと自分に自信をなくして、やがて自分も信じられなくなる。信じない。信じない。傷つかないように閉じる。信じたら、傷つくよ。信じて裏切られたら、辛いの知ってるじゃん。気がつくと「正しいこと」「律儀であること」が武器になる。正義を振りかざして、そうすることがいいと信じて。私は、善人。あなたは、悪人かダメな人。私は、正しくて、あなたは、間違っている人。謝るのは、あなたの方。裁いてゆく。大好きな人は、守ってくれない。愛する人は、無償の愛をくれない。自分の無垢さなんか何にもならない。ならば、正義を基準にすればいい。正義で私は、生きるのだから、あなたも私の正義を守って、生きるべき。だけどいつまで続けるのだろう?ほんとは、そんな風に生きたかったんじゃない。降りよう。そして、歪めた価値観をいい加減、解いてしまおう。大好きな人でも、守れない時もある。あなたがそうであるように。愛する人があなたの望むように、無償の愛をあげられないこともある。あなたにもそういう時があるように。でも、愛している。時に、歪めてしまう時もあり、間違える時もあり、優しくなれない時もある。だけど、愛してる。親だって人の子。あの人も未熟なただの人。聖者じゃないし、神さまでもない。正義の味方でも、ヒーローでもない。親ってもっと凄いと思ってた?いつでも大人は、神さまみたいだと思ってた?あなたが、悩むように、親も悩む。ほんの少し早く産まれただけで、今を右往左往しながら生きてる人間。骨と皮と少しのスケベ心を持った人間。私たちは、つい錯覚してしまう。野生の鳥なら雛を命がけで守るのだから、ましてや、人間なら、もっとではないか?と。親ならこどもを何が何でも守ってくれると思いたい。過度な期待。ヒーローは、ぜったい。あなたのヒーローは、他人の世界では、ヒーローじゃなかったりする。へっぽこヒーロー。へっぽこヒーローに寛容であれ。「そうだよね。そんな時もあるよね」って、少し寛容になれたらあなたもヒーローも寝そべって、ガリガリくん食べて、生きやすくなるよね。亜希自分のモヤモヤを解いたり、愛されることに気づけるネイティヴコーチング、リーディングセッションをおこなっています。お申込みは、下記からどうぞ

見ようとしなければ、今を生きれない。

今を生きること。それは、今を見て生きること。過去に捉われることをやめてみること、未来のために今できることを考えてみること。みっともなくても、がむしゃらであろうと、情け無くても、今ある全力で今を生きたなら、すべては、未来につながり、過去を赦し、癒してくれる。今日、夕暮れに展望ラウンジへ。無料で開放されており、晴れていると富士山が見えるのです。私とパートナーには、こういう場所が幾つがあります。今、生きている場所を見つめて生きること。ああだったらよかったとか、もし、こうしていたならとか、いつのまにかそういう話、しなくなりました。「あれ、どうして?」と思った時、自分を生き始めたからと気づいたのです。自分を等身大で「ああ、もういいや」とこのまま、生きてみる。何もないから、力まずに生きてる。今を生きていると見えてくるのです。早朝の鳥のさえずり、一瞬、無音になる瞬間。雨の降る匂い。道路を渡るこどもたちの声。建設工事の音。遠くに見える海の盛り上がり。無料の展望ラウンジ。100円で借りた映画のDVD。鳥取から届く美味しいお米と、それを炊いてる時。たくさんのものが存在し、私は、生きてる。孤独だと思っていたけど、遠くても、会ったこともない人でも、誰かとつながってる。今を見ると見えなかったものがワラワラと見えてくる。いいこともよくないことも、すべてが愛おしい。そして、今ここ。亜希

本当に愛されるひとがしていること。

本当に「愛されるひと」と聞いてあなたは、どんな人を思い浮かべてますか?本当に愛されるひとは、すべてにおいて対等で、上下関係を作りません。お金も会社もパートナーとも、もちろん対等です。それはどういうことかといいますと、もし、あなたに収入がなかったら、パートナーは、あなたと一緒にいるでしょうか?また、家事をしなかった場合はどうでしょう?あなた自身も同じように自分に質問してみてください。付加価値がなかったら、あなたは、そのパートナーと本当に、一緒にいるでしょうか?無職(何らかの事情で働けない)になっても、家事ができなくても、お互い一緒にいたい相手でしょうか?態度は、変わらずでしょうか?淋しいから、ひとりがイヤだから離れられない?仕方ないから…世間体?諦めになっていませんか?例えば、どちらかが無職になってもきちんと自分の思いや、意見を伝えられますか?負い目を感じたり、相手の顔色を伺ってしまったり、卑屈になったり、本心を話せなかったり、遠慮してしまったり、逆に、横柄な態度を取ったり、私がしてあげているなど、上からだったり、優越感が、あったりしてませんか?すべてにおいて、パートナーの顔色を伺わない。パートナーに顔色を伺われない。お金で一喜一憂しない。仕事や職場で我慢したり、サービス残業をしないなど、パートナーに限らず、人生全般に同じことが言えます。今だからこそですが、過去の私は、パートナーの顔色を伺い、DVや高圧的な態度に怯え、お金のために働き身体を壊していきました。何年も怯えて暮らした私は、すっかり何もできない人間になってしまったし、事あるごとに不安になり、心のバランスを崩していきました。そんな関係がいいはずもなく、不安で眠れなくなり、家庭は安らぐことのできない場所になり、離別しました。怯えるクセは、なかなか抜けず、離別して何年かは、本当に苦労の連続。時間は、かかりましたが、少しずつ、眠れるようになり、本来の自分を取り戻し、穏やかな気持ちで過ごせるようになりました。対等な関係を築けるかは、生きる上で、とても重要なことです。対等な関係を持てる人は、真実の信頼と絆で、「愛し愛されるひと」になるのです。by 亜希「本当に愛されるひと」になるために気づける個人コンサル、ネイティブコーチングお申込みは、下記からになります。

自分ばかり不運、不幸だと思う人。

かつての私は、不幸、不運の総合商社。19の時には、色々ありすぎて、もはや、思考停止。ウツになり、果てには、見たこともない野良猫が、部屋に上がって、息絶えた。「なんで私ばかりこんなに不運なんだろう…」過去の私は、いつもそう思って生きてきた。 けれど、不運は、私だけに起きているのだろうか?不運を自分から、たぐり寄せていないだろか?私が知らないだけで、他の人にもそれなりに、不運は、起きている。事件が起こるのは、会議室ではないように。言ってしまえば、「不運、不幸」を過度に捉えるか、捉えないかの違い。不用な不運までわざわざみずから、背負い込んだり、たぐり寄せる行動をしている場合も多い。例えば、醤油をこぼしたとして「あー!こぼしてしまった。今日は、気持ちが浮ついて、注意散漫になってるみたい、気をつけよう」といつもとは違う自分のメンタルに気づくのか、「醤油こぼした!ウケる!」「blogのネタにしよう!」とタダでは起きないぞと、人生を面白がれるのか?「やっぱり、私にだけ…イヤなことが起こる…もう、最悪」と落ち込んだり、「あれも、これも…」と不幸のカウントをお岩さん並にして嘆く。(他の人にも同じこと起きています)更に、ムシャクシャ、イライラを他人にぶつけて、また、更に、全く関係ないことで、家族や身近な人、ひどいとまったく関係ない人に勝手にイラッとポイントを見つけて、巻き込んで、問題を自分からそらそうとして、かえって複雑にする。おおまかにこの中のいずれかをしてしまうのです。だけど、安心してほしい。不運、不幸は、あの人にも、等しく起きていますよ。あの人とあなたのたった1つの違い。それは、あなたが、史上最高に不幸マニア。または、筋金入りの不運オタクなのです。不幸オンナを脱ぎ捨てて、「幸せ女子」「幸運の女神に愛される人」になりたい方のために、御指南させて頂いています。お申込みサイトは、下記になります。

本音、言えていますか?

私、年末にパートナーと大ゲンカをしました。掴み合いのケンカです。パートナーのワイシャツのボタンは、弾け飛び、シャツは、ゾンビの服みたいに裂けました。笑あの時、掴み合いのケンカをしてよかったと思っています。パートナーの泥々した本音も訊けたし、私も本心を曝け出して、ちゃんと向き合えたからです。それ以来、お互い本音を言うようになりました。さすがに掴み合いのケンカは、しませんが、「私は、こう思うのだけれど…」「あなたは、どう考えてるの?」という時間が増えました。向き合うことは、とても大切だと思います。例えば、パートナーが、私の収入が目当てで一緒にいると言ったとしても、今の私なら、ショックを受けることは無いと思います。逆に本心を隠して嘘をつかれたなら、私は、また掴み合いのケンカをします。笑怒るよりも先に、収入が目当てなら、ナゼ収入なのか?理由を聞いてみたいです。もしかしたら、私の方がビジネスの才能があると相手は、見抜いているかも知れませんし、パートナーが、家事をするほうがお互いのバランスがとれるかも、知れないからです。クライアントさんのお話を伺っていると、「揉めたくない」とか、「この程度のこと言わなくてもいいや」、「言わなくてもわかってくれるでしょう」「察してよ」と勝手に想像して自分の思いを「相手がこういう人だから」と確認もせずに決め付けている場合が多く見られます。訊いているとブラック企業にお勤めしている人とよく似ています。揉めたら恥ずかしいからとか、面倒だからと流されて過ごす。改善も話し合いも脱出もしない。すべて相手が悪いようにいいますが、あいまいに、とどまって、避けているのなら、相手を責める権利はないかと思うのです。自分の想像で慮るのではなく、ちゃんと向かい合い、相手の意見を聞くことと、自分の意見を話すことは、パートナーシップを継続する上で最も重要なことだと私は、思います。事勿れ主義は、その場をやり過ごすだけで何も 解決しません。ストレスも不満もあとから倍に膨らみこじれます。ちゃんと本音を伝えていたら、後悔や未練で自分を責めたり、たとえ、悪いこと、イヤなことだったとしてもああすればよかったと悔やむことはないかと思います。パートナーと「幸せ」に暮らしたいのなら、可能な限り、本音は、伝えちゃいましょう。亜希

なぜ、あなたは愛されないのか?

あなたは愛される人ですか?愛されてると感じますか?不安は、ありますか?愛されていないと感じる人は、なぜ愛されていないと感じるのでしょう?かつての私は、愛されない女でした。相手の誕生日を祝っても、私の誕生日は祝ってもらえない、相手の喜ぶ事をしても同じようにはしてもらえず、相手の欲しいものをプレゼントしても、私の欲しいものは後回し・・・そんな状況が何年も続いていました。自分がしてほしいのなら、先に相手に何かするをかたくなに信じてやってきましたが、報われることはなく、日々が積み重なって、私の何かが溢れてしまいました。家事が一切できなくなり、お米を研ぐことすらできなくなってしまったのです。どんなに空腹でもお米を研ぐくらいなら食べない・・・。ちょっと異常事態です。どうしてできないのかさっぱりわからず・・・。しかたがないので、パートナーにお米を研いで炊いてもらうように。最初は罪悪感でいっぱい。情けないし、こんなこともできないなんて・・・と自分を責めました。けれど、泣いてもわめいても、嘆いたって、「できないものはできない」もう、開き直って炊いてもらうことに決めました。できない数ヶ月をすごしてゆくうちに、少しずつ、家事ができるようになってきました。インスタントのお味噌汁にお湯をいれるとか笑そこで気がついたのは、「何もできなくても、いるだけで愛されている、存在丸ごと愛されている」ということでした。私は、それまで、自分を犠牲にして、人に尽くしてきてしまっていたのです。身だしなみを整えることより、家事が優先。自分の欲しいものより、家族のもの必要なもの優先・・・と不思議なことに、自分を犠牲にしていると、相手にも無意識にネガティブエネルギーは伝わるものです。自分が自らにしている扱い通りに人からも雑な接し方をされるのです。例えば、暴言はかれたり、この程度でいいや・・・といった接し方。 もし、あなたが周りからそのような接し方をされているなら要注意です。嫌なことを言われたりされたら、きちんと「そういうことやめて」とはっきり伝えるべきです。なぜなら、自分自身に意識させることとが大切なことと、相手にも雑な接し方をいいと思っていないことをはっきり自分の言葉で伝えなければ理解してもらえないからです。最初はうまくできないかもしれませんが、根気よく、めんどくさがらずにしてみてください。今まで何十年分も蓄積してしまった「よどみ」です。少し、戸惑い、時間は、掛かるかも知れません。このことが、めんどくさいと思った人は、自分の存在をめんどくさいと思って疎ましく思っている証拠。早ければ、数日で変化が起き、数ヶ月で無条件で愛されている存在だと感じることが多くなってきます。愛されたいなら、まず、「今、生きている存在している私を褒める。自分を認める。自分自身を愛でる。自分自身に感謝する。自分で自身を大切にする」ほんとうに小さなことからで大丈夫です。お金も掛かりませんし、今すぐにはじめられるので、やってみてくださいね。 ぜったい愛されるに変わりますよ。亜希

「お金」も「幸せ」も引き寄せる ◯◯とは?

「お金」も「幸せ」も引き寄せる方法が、あるとしたら、知りたくないですか?方法は、とてもシンプル。「前提」です。良い、悪い、幸、不幸、関係なしに、2つの「前提」が、存在します。■自分だけ特別という「前提」やっぱり私だけ、◯◯になった。■自分の願いが叶っているという「前提」(なんとかしてほしい。なんでもいいから…現状を変えたいもある意味、目的が達成されている)世の中には、お金が沢山ある人や運がいい人、幸せな人っています。なぜ、その人たちばかり、お金に恵まれ、幸せなのでしょう?それは、前提が 「当たり前」だから。私には、いつもお金がある。私は、いつもラッキーなことが起きる。と「当たり前」に、ごく自然に思っているのです。もちろん、前提がポジティブな人にも平等にアンラッキーなことも起きます。けれど、気づかないくらいスルーしているか、アンラッキーに対して反応しない、もしくは、最小限にしかフォーカスしていないということ。ポジティブな人のお金の流れで言うと、いつもお金が、あると思っている(目の前に現金がなくても、自分を助けてくれる人がお金を出してくれたり、他の方法でお金を生み出せる自信を持って安心している)お金が入ってくる仕組みを作っており、ここから入るお金は、ダメがなく、どこから入ってきてもどんな形でもOKで、壁や隔たりがないのです。説明するなら、どこから入ってもOK。今、現金が、1万円あって、1万円しかないと思うか、1万円もあると思うかの違いや、現金がなくても、Suicaなどにチャージされていて現金と同じように思っているかいないか、自分が持っていなくても出してくれる人がいるかいないか、なるべく多くの「安心感」を見出せるかです。最後にもう一度。お金も幸せも引き寄せる◯◯は、「前提」お金がある、なし、幸か、不幸にフォーカスするか、しないかの違いなのです。亜希

アダルトサバイバー(アダルトチルドレン)をご存知ですか?

あなたは、こども時代をどのように過ごしましたか?私は、8歳からこどもらしく過ごすことができない環境で生きてきました。こどもなのに大人のように振る舞い、立ち回り生きるしかなかった人をアダルトサバイバーと言います。アダルトサバイバーは、主に親が親として機能しない、家族がとてもアンバランスな状態できてしまう機能不全家族の中で育った人のことです。世間一般には、AC(アダルトチルドレン)が広く知れ渡りましたが、アダルトチルドレンというと 大人になりきれなかった(大人になることを拒絶した)人という間違った認識が広まり、語弊があるため、アダルトサバイバーと名称が変わりました。アダルトサバイバーは、まさに生き残りです。多くは、大人としてこども時代を過ごしてしまったため、こどもらしく自由さや、無邪気さを押し殺したまま成人し、感覚は、ワープしたような状態です。人との距離感が難しい。誰かに頼ることと依存することの区別がつきにくかったり、人間関係を上手に築けない。必要以上に人に尽くしたり、役に立とうとしたり、気を遣う。自己評価、自己肯定感が異常に低い。自己に対して否定的。自信がない、怯えてしまう。知らないうちに上下関係ができてしまい、対等に付き合えない。1か100かとほどよさがない。自分のことは後回し、蔑ろにしがち。今さらこどもな部分が顔を出して戸惑ったり、苦しんだりすることもあり、それに対してどうしたらいいのかが分からずに手探りで私なりに向き合ってきました。私が実践したことが、同じように苦しんだり、悩まれた方々の参考にになればと思いますので、書かせていただきます。【内なるこどもを認める】私の中にあるこどもの部分を無視せずに認める作業をしました。例えば、こどもっぽい服装もほしいと思ったら、買い与えて着てみる。オモチャとか可愛いバックやピン留、ぬいぐるみ、お子様ランチ、遊び場(公園や遊園地、動物園)を買う、経験する。これをするのは、「無条件で、愛されるを感じる」ための作業。◯◯をしたなら、買ってあげる等条件付きでしか受け入れられない経験をひっくり返すため、何の条件なしにあなたは、愛される価値があるを感覚で実感するためです。【大人の私が内なるこどもを全力で愛する】大人の私がついてるよ。大丈夫。私は、あなたを愛してる。わがまま言っていいし、全力で守る。誰が何と言おうといつも味方だよ。自分のどんな部分も否定せず、愛することをしています。これは大きいです。私も親がとか、過去が…と言っていた時期もありました。親が変わったなら…と言ったところで、償ってもらえませんし、話しても、親は、そう思っていなかったり、忘れてしまっていたり、亡くなってしまったり…そこに捉われていることで、余計に傷を深めてしまい、前に進めなくなります。生きていれば、大小の差はあるかもしれませんが、人は、誰もが、辛い経験をしたことはあると思います。あの人より私は…と、比べてもどうにもなりませんし、「私の辛さは、私が理解する」と自分で向き合うことは、誰にでもでき、いちばんの近道だと思います。【大人とこどもが同居してることを愉しんでみる】私は、早く大人にならなきゃとこどもな部分を見ないように、大人にならなきゃと否定していました。ですが、同居してるのねと愉しむようにしました。否定すればするほど、大人な対応(会社等)をしなければならない場において、雑な発言や言葉遣いなど、かえって、おどけてしまったり、自分が場をおもしろくしなければと思い行動してしまうからです。今は、大人な対応をする場だなぁとかお家にいる時や、家族や友だちといる時は、こどもでもいいやーと過ごすようにしました。具体的には、ごはん作りたくないなら、作らないし、どんな些細なこと、洗濯物を畳むとか、できそうもないなら、無理に頑張らないし、ごはんまえでも、お菓子やアイスを食べたいなら、食べたい分だけ罪悪感なしに好きにジャンキーなモノを食べたり、服装も好きなモノを着るようにしたり、お母さんだからとか、大人だからと思うことをやめました。家族には、宣言して、スイッチを入れたり、切ったり笑笑。【世間の常識よりもマイルール】世間の常識的なモノに縛られやすくなっているので、自分がラクとか、心地よいを意識して選ぶようにしました。世間一般の常識って実に曖昧で、それは他人が勝手に作った他人のマイルールだし、そもそも誰のルール?と。「私は、私のマイルールで生きていいよ」と何回も話しかけました。これらを繰り返し、繰り返しやってゆくと緩んできて安心が自信に繋がっていきました。この感覚は、一生付き合っていくもの、あっていいものだと今は、思うようになりました。多かれ少なかれ、無邪気さや、無垢、純真さは、なくならないからです。ある程度、やってゆくと、いい感じに大人寄りになります。by 亜希

人生に迷った時の正解は?

自分の蒔いた種は、自分で刈り取ること。自分が決めたことに対して、自分が主導権を持ってやってゆく、環境でも、境遇でもない。決めたことをある一部分を切り取って誰かのせいでできない。何かのせいでできない。環境のせいでできないとしないこと。すべて、自分で決めて、すべて、自分に主導権があることを忘れないこと。自分が決めたことで、何かのせいにしたい時は、逃れたい、甘えたいと思って、自分の人生から逃げてる時。できない理由を何かや人や環境のせいにするのではなく、できる方法や方向を考えてやってみる。これなら、今の私にできるということをやってみる。そしてそのやり方や方法が自分にあっているなら、馴染むまで、習慣化するまで、ねばる。それが自分にとっての正解。他人にとって心地いいのではなく、自分にとって心地いいのが正解。そして、自分にとって心地いいをやってゆかなければ、続かないし、誰も幸せにならない。自分が心地よくないから、誰かを責めたくなる。自分が、思ってもないクセに、誰かのいいなりになって、振り回されているから、不満が爆発するし、誰も幸せな結果に繋がらない。思ってないなら、他人の言う事なんて聞かなくていい。聞いてしまうのは、責任転嫁したいから。聞いてしまうのは、自分がないから。流されてどこまで流されていくつもりだろう?勝手に自分でオールを投げ捨てておいて、河が悪いと言うのだろうか。なら、自分が行きたいゴールを決めて、ひたすらそこに向かえばいいだけのこと。そのゴールに向かうために自分が今やるべきことは何か?洗い出して、リストアップして、それだけをやること。そこに言い訳は、通用しない。そこに向かうためにやることは、そう多くない。シンプルに1つか、2つ、5年後、10年後、続くこと、5年後、10年後、あなたが心地いいやり方。by 亜希

私として生きるために必要なこと

Tシャツを買った。何かに捉われることをやめる一歩。慣れないので、ドキドキして、戸惑いもするけど、私が着たかったものを着ることや、働き方、生き方で私をやってく。誰が決めたかわからない漠然とした曖昧なものにしばられていないか?考えた。よくわからない私の中にあるルールや常識が、生きることを窮屈にさせ、私を私ではなく、させた。私ってば、何だかわからない「誰か?」になって何がおもしろいのだろう?空っぽじゃんと気づいたよ。お金のために働くこともやめた。現実、生きるためにお金は、必須だし、毎月必要になってくる金額+αは、ほしい。けれど、そのためにごまかして、さもそれが素晴らしいみたいに思おうとしたり、それのおかげでなんていいたくない。だってそんなのウソだから。ほんとは、お金がほしいだけじゃん。不安から逃れたいだけじゃん。言えないから自分を欺いて誤魔化して、それっぽく御託並べてるだけでしょ。ダサくない?カッコ悪い。そんなことでお金が入っても自分を蝕んで破壊していくだけ。なら、言おう。私は、お金が必要ですと。お金下さいと。お金下さいが言えないなら、私にできる仕事をくださいと。自分が働きたくないなら、「働きたくないです。私の分までしっかり稼いで下さい」ってパートナーにはっきり言おう。言わなきゃぜったいわからないし、気づけよとか、察してほしいなんてどんだけ上からでめんどくさいヤツなんだって話。あなたは、本気で、守られたいと思ってる?パートナーのお母さんになってない?自分が稼いで、上下関係をつくって、相手にマウントしたいの?だいたいあなたは、どうしてそのパートナーを選んだの?私は、ぜったいこのパートナーなら、私のために稼いできてくれると確信したし、私と結婚したいというなら、私に向き合うだけの覚悟の上なのか確認もした。そうじゃないなら、根をあげるようなら、別れると決めて。それくらい自分の価値をしっかりもたなければ、ぜったいやってゆけない。いずれつまずく。私にとって、「お金」は、みたいものを見るため、会いたい人に会うため、経験するため、私が幸せに暮らすための必要なツールなだけ。上も下もない。幸せになるために必要なたった1つのこと自分をみくびらず、「覚悟」する。by 亜希

病とともに暮らすこと。

病気のお話。(長いです)群発性頭痛を発症して、約半年。その前のずっと前から偏頭痛に(小学生の頃から)悩まされてきました。何年かに一度、市販の鎮痛剤では、まったく効かない偏頭痛を発症し、それはしばらく続き、症状は、些細な光も、些細な物音も、微かな匂いすら、ダメになってしまう。吐いて、のたうち回る程の激痛に襲われます。疲労が出ると発症する。こんな面倒な頭痛を気にしていたら、まともに働けない、生活もできなくなる。そうやって、限界まで無視する。無理に笑顔を貼り付けて周囲に悟られ、足手まといや、邪魔にされないように必死に隠そうとしました。誰かに嫌われるのが怖かったのです。嫌われたら終わり、失敗しないように行動は、張り詰めて頭痛の原因である緊張を強いる。悪循環のループにはまると人は出口が見えなくなります。場を取り繕うために平気なフリ。なんでもない顔するのが上手くなりました。元気キャラを演じる。茶化して盛り上げようとする。スケープゴートになる。嗤わせなきゃ…みんなをつまらなくさせてはいけない。体調の悪さを悟られたり、つまらない雰囲気にさせないように。仲間はずれやひとりぼっちになったら、居場所はどこにもないよ。心配や迷惑を掛けたら、役立たずで、もう2度と声を掛けてもらえなくていいの?誘われなくなる怖さから無理し続け、自分を演じてでも孤独から逃れなきゃ。孤独の持つ闇に引きずり込まれたら終わり…不調はやり過ごせばいい。大丈夫。気のせい。気のせい。言い聞かせます。気のせいなはずはなく、限界がきます。バイバイと手を振り、顔は強張り、辛さでどうやって帰ったかも記憶にありません。薬は、痛みの弱い早い段階で服用するのが良いのですが、本音は、飲みたくない。私は、弱くなんかないし、気のせいだと思いたいのです。その思いが症状を悪化させ酷くなって服用するの繰り返し。生活できなくなる見えない不安から、自分を変えることができない。さらに、服薬後の副作用で、心臓が早まり起きていられなくなるのもためらう要因でした。このまま心臓が止まってしまうんじゃないか。それくらいに感じたし、服用後は、起きていられず、グッタリしてしまう。そんなこともあり、ギリギリのところで服用していました。薬は、新薬のチュアブル錠。水なしで服用でき、ラムネ菓子のように、シュワシュワと溶けてゆく。ほんのりと優しく甘いこども用歯磨き粉のような味に反したキツイ薬だなと感じながら。 でも、それももうやめよう。気づかぬうちに、負荷を掛けて生きて、世間体や周りを気にして、自分を大切にしない繰り返しに何の意味があるのか。これじゃあ、私が意思を持って、生きていないのと同じではないか。自分自身に負荷を掛け、偽って生きることをやめる。薬を飲むレベルになったら、限界値に達している。人生の仕切り直し。「できる範囲で生きてゆく。幸せに環境を整え、幸せに行動して、幸せに暮す」手さぐりで生き易さを見つける作業。病は私の限界を知らせる有り難い存在、シグナル。私は、私の世界に存在する何もかもと闘わない。弱いまま、幸せに生きよう。